「演技をしてください」と言われたとき、最初から自然に演技できる人は、実はそんなに多くありません。
多くの人は、一生懸命に「演技」をします。
声を大きくする。
語尾を強調する。
感情を分かりやすく出す。
いかにも舞台でしゃべっています、という話し方をする。
もちろん、それも最初の一歩としては必要です。
でも、それをずっと続けていると、自然なドラマ表現からはどんどん離れていきます。
そこで、次に言われるのが、
「演技をするな」
です。
演技をしようとするから、演技をしているように見える。
だったら、演技をしなくていい。
その人物として、そこにいればいい。
その人なら、その場面でどうするのか。
その人なら、相手をどう見るのか。
その人なら、どんなふうに立っているのか。
「演技しなきゃ」と考えるのをやめて、その人物であることに集中する。
ここまで来ると、ずいぶん自然になります。
ところが、ここで終わってはいけません。
「演技をしろ」
に戻ります。
ただし、最初の「演技をしろ」とは意味が違います。
最初は「演技している自分」を作っていた。
二度目の「演技をしろ」では、その人物として行動することを求めます。
その人物として、怒る。
その人物として、逃げる。
その人物として、相手を説得する。
その人物として、何かを隠す。
感情を見せるのではなく、感情を持った人物が、その状況で何をするのかを演じる。
だから、
演技をしろ>するな>しろ
なのだと思います。
最初の「しろ」で演技の形を知る。
「するな」で、演技している自分を捨てる。
最後の「しろ」で、その人物として必要な行動をする。
演技は、演技をしているように見せることではありません。
その人物が、そこにいる。
そのうえで、その人物として生きる。
その状態まで行って、初めて「演技をする」ことが意味を持ってくるのだと思います。
文責:チャッピー