演劇について

感情のベクトル

舞台上に二人以上の人間がいるとき、その二人の間には必ず何らかの感情があります。

相手に興味があるのか、ないのか。
好きなのか、嫌いなのか。
近づきたいのか、離れたいのか。

こうした感情を「ベクトル」として考えてみると、身体表現がずいぶん分かりやすくなります。

基本になるのは、相手に対する興味・関心の強さと、感情が持つ正負の方向です。

例えば、相手に対して強い好意があるなら、自然と相手に近づきたいという力が働きます。

強い好意
   ↓
相手に近づきたい
   ↓
相手へ向かう身体のベクトル

逆に、強い嫌悪感があれば、相手から距離を取りたくなる。

強い嫌悪
   ↓
相手から離れたい
   ↓
相手から離れる身体のベクトル

ただ、人間の感情はそんなに単純ではありません。

例えば、相手に話したいことがある。でも、何か後ろめたいことがある。

そんなときには、身体は相手に近づいているのに、目線だけが別の方向を向くことがあります。

身体 → 相手へ
視線 → 相手から

逆に、相手に好意を持っているけれど、照れくさくて近づけないこともあります。

身体 → 相手から離れる
視線 → 相手へ

こうすると、「好きだから近づく」という単純な表現より、ずっと細かな感情が見えてきます。

大事なのは、感情を一つの塊として考えないことです。

「好き」という感情の中にも、会いたい、話したい、恥ずかしい、怖い、嫌われたくない、といういくつもの感情が入っている。

それぞれが身体の別々の場所に違う方向の力を生むと考えると、身体表現を作りやすくなります。

だから、演技をするときには、

「この感情なら、身体はどちらへ向かい、視線はどちらへ向かい、距離はどう変化するのか?」

と考えてみる。

これは難しい理論ではありません。

自分の身体が、今どちらへ向かいたがっているのかを考えるだけです。

そして、ここでも「止める」ことが効いてきます。

身体を完全に止めた状態で、視線だけを相手に向ける。
あるいは、身体は相手へ向けたまま、視線だけを逸らす。

そうすると、小さな動きでも感情の方向がはっきり見えるようになります。

身体の向き、距離、視線、首、肩、手。

それぞれに別々のベクトルを持たせることで、感情はもっと細かく表現できます。

感情を「どう見せるか」ではなく、その感情なら身体がどちらへ向かうのかを考える。

それだけでも、身体表現はかなり具体的になると思います。

文責:チャッピー