演劇について

表現論①「どう見られたいか」より「どう見えるか」

役者は、自分がその役をどう見せたいのかを考えます。

それは当然のことです。

「この人物はこういう人間だと思った」
「こういう過去があると考えた」
「だからこの場面ではこういう気持ちで演じた」

こうやって人物を作り込んでいくことは、役作りとしてとても大切です。

ただし、そこで一つ忘れてはいけないことがあります。

役者がどう見せたいと思っているかと、観客から実際にどう見えているかは別の話です。

役者の頭の中にどれだけ細かな設定があっても、観客にはその頭の中は見えません。

観客が見ることができるのは、舞台上に出てきたものだけです。

声。
表情。
身体。
動き。
視線。
間。
相手との距離。

そうしたものを通して、観客は人物を判断します。

だから役者が考えるべきなのは、

「自分はこう見せたい」

だけではありません。

「実際に客席からはどう見えているのか」

を考える必要があります。

これは、役作りをするなという話ではありません。

むしろ逆です。

人物の過去や生活、価値観、他人との関係を想像して、自分の中に人物を作り込むことは大切です。

ただ、そのために作ったものが舞台上の表現につながらなければ、観客には伝わりません。

そして、もう一つ注意したいことがあります。

役を深めるために設定を作ることと、自分勝手に役の設定を決めることは同じではありません。

台本に書かれていない過去を想像する。
この人物はこういう生活をしてきたのではないかと考える。

そうやって、台本に書かれた人物を理解するために想像力を使うことはできます。

でも、その想像した設定が、もともとの役の設定や物語から大きく離れてしまったらどうでしょう。

それは役を深めているのではなく、別の人物を作ってしまっているかもしれません。

役を深めるために設定を作るのであって、設定を作るために役を変えてはいけない。

自分の中に作った設定は、あくまで役を理解するための道具です。

最終的に必要なのは、それが舞台上の表現として成立しているかどうか。
そして、観客から見てその人物として伝わっているかどうかです。

だから、役作りの流れは、

役を理解する
   ↓
内面を作り込む
   ↓
身体・声・行動に変換する
   ↓
客席からどう見えるか確認する
   ↓
必要に応じて修正する

くらいに考えておくといいと思います。

役者の頭の中にあるものは、最終作品ではありません。

観客に見えたものが、舞台上で実際に存在した表現です。

だからこそ、役者は「どう見られたいか」だけではなく、「どう見えるか」を考えなければならないのだと思います。

文責:チャッピー