演劇について

台本の読み方②「書かれていない過去を読む」

台本の読み方②「書かれていない過去を読む」

台本を読むとき、役者が見つめるのは、まずその場面に書かれていることです。

誰が登場するのか。

何をしているのか。

何を言っているのか。

どんなト書きがあるのか。

でも、そこに書かれているのは、その人物の人生の全部ではありません。

台本の中で見えているのは、その人物が、その場面で出した結果です。

行動やセリフがある。

では、その行動やセリフは、どこから生まれたのでしょうか。

前回は、

状況・出来事
   ↓
人物の感情
   ↓
人物の欲求・行動
   ↓
セリフ

という流れで、「セリフから感情を作らない」という話をしました。

今回は、さらにその前を考えます。

人物の過去・環境
        ↓
   これまでの経験
        ↓
  価値観・考え方
        ↓
   欲求・恐れ・期待
        ↓
   その場面での感情
        ↓
       判断
        ↓
    行動・セリフ

つまり、今の行動を理解するために、その人物がそこに至るまでに何を経験してきたのかを読むということです。


台本に書かれているのは「今」だけ

例えば、台本にこんなト書きがあったとします。

彼は、彼女の顔を見ることができない。

あるいは、

「大丈夫」と言いながら、彼は目をそらす。

ここに書かれているのは、現在の行動です。

でも、役者が演じるためには、

「目をそらす人です」

だけでは足りません。

なぜ目をそらすのか。

彼は、彼女に何を感じているのか。

彼女に対して何を恐れているのか。

なぜ「大丈夫」と言わなければならないのか。

そこには、それまでの出来事があるはずです。

もちろん、その出来事が台本に全部書かれているとは限りません。

だから役者は、書かれていない部分を読む必要があります。


「この人は、なぜこうなったのか?」

人物を作るときに、

「この人は優しい人」

「この人は臆病な人」

「この人は怒りっぽい人」

と性格を決めるだけでは、まだ浅い。

大切なのは、

**「この人は、なぜそういう人になったのか?」**

と考えることです。

例えば、いつも人の顔色をうかがう人物がいたとします。

「この人は気が弱い」

と決めることはできます。

でも、そこで終わらせない。

子どもの頃から、周囲の機嫌が悪くなると何かが起きる環境で育っていたのかもしれない。

何かを言う前に相手の表情を見る癖がついていたのかもしれない。

自分の意見を言ったことで、過去に大切な人を失った経験があるのかもしれない。

そうした経験が積み重なって、

経験
 ↓
「相手を怒らせてはいけない」という考え方
 ↓
相手の反応を過剰に気にする
 ↓
今の場面でも相手の顔を見る
 ↓
相手の表情が変わる
 ↓
恐れや緊張が生まれる
 ↓
言いたいことを飲み込む

という現在につながっているのかもしれません。

こうして考えると、今の行動が単なる「演技」ではなくなります。


過去は「人物紹介」ではない

ここで注意したいことがあります。

「書かれていない過去を読む」と言っても、好き勝手に人物の人生を作ればいいわけではありません。

例えば、

「この人物は5歳のときに犬を飼っていた」

「高校時代は野球部だった」

「昔、海外旅行に行った」

と細かいプロフィールを作っても、それが現在の演技につながらなければ、あまり意味はありません。

大切なのは、

**今の行動やセリフを生み出すために必要な過去は何か?**

ということです。

つまり、人物の過去を作ること自体が目的なのではありません。

現在の人物を理解するために、過去をたどる。

これが重要です。


「結果」から逆算する

台本を読むときは、現在の行動やセリフを「結果」として見ると分かりやすくなります。

例えば、

「もう、そんなこと言わないで」

というセリフがあったとします。

この言葉だけを見て、

「悲しいセリフだ」

「怒っているセリフだ」

と決めるのではありません。

まず、

「なぜ、この人物はこの言葉を言ったのか?」

と考える。

すると、

「その言葉を聞くのが怖い」

「過去にも同じことを言われた」

「大切な人を失うことを予感している」

「本当は相手に行かないでほしい」

「でも、素直にそう言えない」

など、いろいろな可能性が出てきます。

さらに、

「なぜ、それほど怖いのか?」

と一歩戻る。

そこに過去の経験があるかもしれません。

例えば、以前に大切な人から突然別れを告げられた経験がある。

その経験によって、

「人は突然いなくなる」

という考え方が生まれた。

だから、今も「行く」「離れる」という言葉に強く反応する。

そう考えると、現在の一言がただの悲しいセリフではなくなります。

その人物が生きてきた時間の中から出てきた言葉になります。


「感情」だけで止めない

ここは、前回の記事とのつながりでもあります。

「セリフから感情を作らない」という話をすると、

「では、そのセリフの感情を考えればいい」

と思うかもしれません。

でも、それだけではありません。

感情にも原因があります。

過去の経験
   ↓
その人なりの価値観
   ↓
欲求・恐れ・期待
   ↓
今の状況を受け取る
   ↓
感情が生まれる
   ↓
判断する
   ↓
行動する
   ↓
セリフが出る

同じ出来事でも、人によって感じ方が違うのは、これまで生きてきた経験が違うからです。

だから人物を深く理解するには、

「この人は今、悲しい」

だけではなく、

「なぜ、この人はこの出来事を悲しいと感じるのか?」

まで考える必要があります。


過去が現在を決めるのではない

ただし、これも重要です。

人物の過去を作ったからといって、

「この人は昔こういうことがあった。だから今は必ずこう反応する」

と決めつけてはいけません。

人間は、過去だけで動いているわけではないからです。

過去の経験は、その人の価値観や反応の傾向を作ります。

しかし、今この瞬間に何を受け取り、何を求め、何を恐れているかによって、行動は変わります。

だから、

過去
 ↓
現在の人物の土台
 ↓
今の状況を受け取る
 ↓
その瞬間の感情
 ↓
その瞬間の判断
 ↓
行動

と考えたほうがいい。

過去は、現在の人物を説明するための「設定」ではありません。

現在の反応が生まれる土台です。


稽古では「なぜ?」を一つずつ戻っていく

実際の稽古では、難しく考えすぎる必要はありません。

台本を読みながら、一つの行動やセリフについて、

「なぜ?」

を何度か繰り返してみます。

例えば、

「なぜ、この人物は怒ったのか?」

↓

「相手に否定されたから」

↓

「なぜ、否定されることがそんなに嫌なのか?」

↓

「自分のことを認めてほしいから」

↓

「なぜ、認めてもらうことがそんなに重要なのか?」

↓

「昔から、自分は価値がないと思われていると感じてきたから」

↓

「なぜ、そう思うようになったのか?」

↓

過去の経験や環境が見えてくる。

このように、一つずつ後ろへ戻っていきます。

すると、人物の現在が少しずつ立体的になります。


ただし、台本に反する過去は作らない

想像することと、勝手に設定を作ることは違います。

台本に、

「両親とは幼い頃に死別している」

と書いてあるのに、

「実は両親に大切に育てられた」

という過去を作ることはできません。

台本の中に矛盾があるなら、それはまず台本の情報を優先します。

役者が想像するのは、台本に書かれていることと矛盾せず、現在の人物を成立させるための空白です。

だから、

**想像は自由。でも、人物は自由ではない。**

ということを覚えておきます。


背景を作ると、セリフの意味が変わる

同じ「大丈夫」という言葉でも、その人物の過去によって意味は変わります。

本当に大丈夫なのかもしれない。

心配をかけたくないのかもしれない。

弱いところを見せられないのかもしれない。

「大丈夫」と言わないと、相手に見捨てられると思っているのかもしれない。

あるいは、過去に「大丈夫じゃない」と言ったことで誰かを困らせた経験があるのかもしれません。

言葉そのものは同じです。

でも、その言葉を生み出した人生が違えば、身体も声も変わります。

だから役者が作るべきなのは、

「大丈夫というセリフの言い方」

ではありません。

「この人物が、なぜ今ここで大丈夫と言わなければならないのか」

です。

そこまで見えてくると、セリフは「言うもの」ではなく、言わずにはいられないものになっていきます。


台本を読むときは「後ろ」も読む

台本は、ページの上から下へ読むだけではありません。

現在の場面を読みながら、その人物の後ろにある時間も読む。

          過去
           ↓
      これまでの経験
           ↓
      価値観・考え方
           ↓
       欲求・恐れ
           ↓
          感情
           ↓
          判断
           ↓
       行動・セリフ
           ↓
       相手の反応
           ↓
        状況の変化

この「後ろ」を読むことで、台本に書かれていない人物の人生が、少しずつ見えてきます。

そして、その人生が現在の身体や声の中に入ってくる。

前回、

**セリフは感情から出てくる。感情をセリフに乗せるのではない。**

と書きました。

今回は、そこからさらに一歩進めます。

**感情にも、その人が生きてきた理由がある。**

だから台本を読むときは、

「このセリフはどう言う?」

だけではなく、

「この人は、なぜこういう人になった?」

まで読んでみる。

台本に書かれていない過去を読むことは、人物に余計な設定を足すことではありません。

今、この瞬間の人物を、本当にそこにいる人間として成立させるために、その人がここまで生きてきた道筋を逆算することです。

それが、台本の「書かれていない部分」を読むということです。

文責:チャッピー