HATAKITI 演劇の教科書|演劇の歴史
第1章 演劇はなぜ生まれたのか
劇場や台本ができる前から、人間は「まねる」「語る」「踊る」「誰かになる」「人に見せる」という行為をしてきました。まずは、演劇が生まれた背景から考えてみましょう。
はじめに
「演劇の歴史」と聞くと、立派な劇場や舞台を思い浮かべるかもしれません。でも、最初から劇場があったわけではありません。
照明もありません。客席もありません。台本もありません。もちろん、「俳優」という職業もありません。
それでも人間は、ずっと昔から、誰かのまねをする、何かを演じる、物語を語る、歌う、踊る、人に見せる、といったことをしてきました。

人間は、どうして「演じる」ようになったんだろう?
この章では、演劇が生まれるまでを考えながら、演劇とはそもそも何なのかを見ていきます。

劇場も台本もないのに、どうやって演劇が始まったんだろう?
ここからは、演劇ができる前の「人間の行動」に目を向けてみましょう。
1-1 「演じる」ということ
まずは「ごっこ遊び」から考えてみます。
子どもが「お店屋さんごっこ」をしているところを想像してください。
一人が店員になります。「いらっしゃいませ」。もう一人がお客さんになります。「これください」。
実際にはお店ではありません。それでも二人は一時的に、「店員」と「お客さん」という別の役割を演じています。
つまり「演じる」とは、自分ではない人物や、自分とは違う立場になって表現することの一つだと考えられます。

じゃあ、「演じる」って、ただまねをすることなのかニャ?
ここから先では、まねることと演じることの関係を少しずつ見ていきます。
1-2 人間は「まね」をする
まねから始まる表現があります。
人間は、周りにいる人や動物の動きをまねすることがあります。歩き方をまねる。話し方をまねる。仕事をする姿をまねる。
まねをすることで、人間は知らないことを学ぶこともできます。でも、「まね」にはもう一つの使い方があります。
その場にないものを、目の前で再現することです。
例えば、狩りから帰ってきた人が「今日、こんな動物を見た」と言いながら、その動物の走り方を身体で表現したとします。見ている人は、その動きを見て「動物が走っているところ」を想像できます。

1-3 人間は物語を語る
「こんなことがあった」と人に伝えるところから、表現は広がります。
人間は、経験した出来事を他の人に伝えます。「今日、こんなことがあった」「昔、こんな人がいた」「この山には、こんな話がある」。
物語を語るとき、人間は声だけを使うわけではありません。表情を変えたり、身振りを加えたりします。
怖い話なら声を小さくする。大きな出来事なら身体を大きく動かす。登場人物の言葉を、その人物になったつもりで言ってみる。
ここで、「出来事を説明する」ことから、「出来事を実際に見せる」ことへ近づいていきます。
1-4 「語る」から「演じる」へ
出来事を話すことと、人物として見せることには違いがあります。
「男は『ここから先へは行くな』と言いました。」
「ここから先へは行くな!」
前者は出来事を語っている状態です。後者は、その人物の声や身体を使って演じている状態に近づきます。
もちろん、語りと演技を完全に分けることはできません。昔から、語ることと演じることが混ざった表現もたくさんありました。
それでも、「誰かについて話す」ことと「自分がその人物になって見せる」ことには違いがあります。この違いは、演劇を考えるうえで大切です。

1-5 「見る人」が生まれる
演劇を考えるとき、もう一つ重要なのが「見る人」の存在です。
一人で踊っているだけなら、それは踊りです。そこに別の人がいて、その踊りを見ている。すると、「見せる人」と「見る人」という関係が生まれます。
演劇では、俳優だけでなく観客も重要です。俳優が表現し、観客がそれを受け取る。その両方が同じ時間と空間を共有することで、舞台上の出来事が成立します。

1-6 祭りや儀式から考える
昔の人々は、生活に関わる大切な出来事に合わせて、さまざまな表現をしていました。
季節の変化や収穫、誕生、死などに合わせて、歌う、踊る、仮面をつける、特別な衣装を着る、行列をする、物語を語る、といった行為が行われていました。
祭りや儀式には、後の演劇につながる要素がたくさんあります。ただし、「昔の儀式=演劇」というわけではありません。
儀式には宗教的・社会的な目的があります。演劇には、物語を表現することや、人を楽しませることなど、さまざまな目的があります。両者には重なる部分がありますが、同じものではありません。
1-7 「誰かになる」という不思議
舞台の上の人は、本当にその人物なのでしょうか?
舞台の上に王様が登場したとします。でも、演じている人は本当の王様ではありません。俳優です。
それでも観客は、「この人は王様なんだ」と考えて舞台を見ることができます。
俳優は本当に王様になる必要はありません。観客も、本物の王様がいると思っているわけではありません。
それでも両者が、「この時間、この場所では、この人を王様として見る」という約束を共有することができます。
1-8 演劇には「約束」がある
何もない場所でも、観客の想像によって舞台を作ることができます。
舞台の上に何もないとします。俳優が「ここに大きな箱があります」と言って、箱を持ち上げる動きをします。
実際には箱はありません。でも、身体の使い方を変えれば「重い箱」を表現できます。観客も、その表現を受け取って想像します。
舞台に本物の家を作らなくても、「ここは家です」という表現と観客の想像によって、そこを家として扱うことができます。

1-9 劇場がなくても演劇はできる
演劇と劇場は、同じものではありません。
演劇に、必ず劇場が必要なわけではありません。
教室でもできます。体育館でもできます。公園でもできます。路上でもできます。何もない空間でもできます。
人間が演じる行為そのものは、劇場ができるより前から存在していました。
だから演劇史を見るときには、「どんな劇場が作られたか」だけでなく、「人々はどこで、誰に向けて、何を演じていたのか」を見ることも大切です。
1-10 演劇は社会を映す
演劇は、社会と切り離されて存在しているわけではありません。
その時代の生活や考え方が、演劇にも影響します。
- 誰が舞台に立てるのか
- 誰が観客になれるのか
- どんな物語が人気なのか
- どんな言葉が使われるのか
- 女性は舞台に立てるのか
- 身分によって観劇できる場所が違うのか
- 宗教や政治と演劇はどう関係するのか
つまり、演劇の歴史は、人間がどんな社会で暮らしてきたのかを見る歴史でもあるのです。
1-11 演劇は「人間を知る」方法でもある
自分とは違う人物を演じることで、別の人間を想像します。
王様になる。子どもになる。老人になる。犯罪者になる。自分とはまったく違う考え方を持った人物になる。
そして、その人物について考えます。
「なぜ、この人はこんなことをするのだろう?」
「何を怖がっているのだろう?」
「何を望んでいるのだろう?」
こう考えることで、自分とは違う人間を想像することになります。観客も、舞台上の人物を見ることで「自分だったらどうするだろう?」と考えることがあります。
演劇には、他人を想像するという役割もあるのです。
やってみよう 「演じる」の原点
演技の一番基本的なところを体験してみましょう。
「重い箱」と「軽い箱」
- 箱を想像する。 目の前に箱があると思ってください。実際には何もありません。
- 普通の箱として持つ。 両手で箱を持ち上げます。
- 重い箱にする。 とても重い箱だと思って持ち上げます。足、腰、呼吸など、身体のどこが変わるでしょうか。
- 軽い箱にする。 片手でも簡単に持てる箱にします。さっきとは身体の使い方が変わるはずです。

本物の箱がなくても、身体が変われば『重い』って伝えられるんだニャ!
そうです。これが、演技で身体を使うときの基本の一つです。
第1章まとめ
演劇は、最初から劇場や台本があって始まったわけではありません。
人間が、まねる・語る・踊る・歌う・誰かになる・人に見せるというさまざまな行為を重ねる中で、演劇につながる表現が生まれていきました。
演劇には、演じる人と見る人がいます。演じる人は身体や声を使って人物や出来事を表現し、見る人はそれを受け取って想像します。
そして両者が同じ時間と空間を共有することで、一つの舞台上の出来事が生まれます。

演劇にはたくさんの形があります。だから、「これだけが演劇だ」と簡単に決めることはできません。
演劇は、人間がその時代、その社会の中で、「誰かに何かを見せたい」「何かを伝えたい」「別の人間や世界を表現したい」と考えた結果として、さまざまな形に変化してきたものだと考えることができます。