HATAKITI 演劇の教科書|演劇の歴史

第5章 近代演劇が生まれる

都市が大きくなり、社会の仕組みが変わると、演劇も変わっていきます。19世紀から20世紀にかけて、舞台では「現実の人間をどう見せるか」が大きなテーマになり、俳優、劇作家、演出家、舞台美術の役割も変化していきました。

はじめに

第4章では、ルネサンスから近世にかけて、劇場が発達し、俳優や劇団、観客との関係が変化していったことを見ました。

では、さらに時代が進むと、演劇は何を表現しようとするのでしょうか。

近代演劇について考えるにゃかきち

昔の劇みたいに大きく見せるんじゃなくて、普通の人の生活も舞台にするようになったのかニャ?

そうです。近代演劇では、特別な英雄だけでなく、日常を生きる人々や社会の問題も舞台の中心になっていきます。

5-1 都市が大きくなり、観客が増える

19世紀のヨーロッパでは、産業化や都市化が進み、人々の暮らしが大きく変わりました。劇場も宮廷や一部の人々だけのものではなく、都市の多くの人が訪れる場所になっていきます。

観客が増えると、劇場には安定して作品を上演する仕組みが必要になります。劇団、劇場経営、俳優、劇作家、舞台を支える技術者など、多くの仕事が演劇を支えるようになりました。

演劇は、社会の変化を受けながら、より大きな都市文化の一部になっていったのです。

19世紀の都市化と観客の増加、劇場を支える仕事を説明する図

5-2 舞台に「今の社会」が登場する

以前の演劇では、神話や歴史上の人物、王侯貴族などを扱う作品も多くありました。しかし近代になると、現代の社会で生きる普通の人々を描く作品が増えていきます。

家族、結婚、仕事、お金、階級、男女の関係など、観客自身の生活とつながる題材が舞台に登場します。

舞台は遠い昔の世界を見せるだけではなく、「今、自分たちが生きている社会はどうなっているのか」を考える場所にもなりました。

近代演劇で日常生活や社会問題が舞台に登場する変化を説明する図

5-3 「現実らしさ」を求める

近代演劇では、舞台をできるだけ現実らしく見せようとする考え方が強くなります。

たとえば居間を舞台にするなら、実際の家のように家具を置く。登場人物が食事をするなら、本当に食器を使う。衣装も、その人物の生活や時代に合うものを選ぶ。

観客が「これは舞台装置だ」と意識するのではなく、そこに本当に生活している人がいるように見せることが目指されました。

リアルな舞台について考えるにゃかきち

本当に暮らしている部屋みたいに作れば、観客もその世界に入りやすくなるんだニャ。

5-4 リアリズムと自然主義

19世紀には、現代の社会や人間を観察し、それを芸術に表そうとするリアリズムの考え方が広がりました。演劇でも、日常生活や社会の現実を舞台に取り込もうとする動きが生まれます。

さらに自然主義では、人間を社会や環境、生活条件との関係から捉えようとする作品も現れました。

ここで大切なのは、リアリズムが単に「本物そっくりにする」という意味ではないことです。何を現実として描くのか、どのように観客へ見せるのかという芸術上の考え方でもあります。

リアリズムと自然主義の考え方の違いを説明する図

5-5 イプセンやチェーホフの登場

近代演劇を考えるとき、ヘンリック・イプセンやアントン・チェーホフの作品は重要です。

イプセンは、家庭や社会の中にある価値観や矛盾を題材にしました。チェーホフは、大きな事件だけでなく、人々の日常の会話や関係の変化を通して人物を描きました。

舞台で何か大事件が起こらなくても、人間同士の関係や心の動きを見せることで、観客を引き込むことができます。

ここから、「何が起きるか」だけでなく「人間がどう生きているか」を舞台で見せる演劇が、さらに発展していきます。

5-6 演出家が大きな役割を持つ

演劇が複雑になるにつれて、作品全体をまとめる「演出」の仕事も重要になっていきます。

俳優がどう動くのか。どこに立つのか。舞台装置をどう置くのか。衣装や照明をどうするのか。音楽をどう使うのか。

これらを別々に決めるのではなく、一つの作品としてまとめる視点が必要になります。

演出家は、劇作家が書いた台本をそのまま再現するだけではなく、作品をどう解釈し、観客に何を見せるのかを考える存在になっていきました。

演出家が俳優や舞台美術、衣装、照明などをまとめる役割を説明する図

5-7 スタニスラフスキーとモスクワ芸術座

20世紀初頭のロシアでは、コンスタンチン・スタニスラフスキーらによってモスクワ芸術座が発展しました。

ここでは、俳優が役を外側からまねるだけでなく、登場人物が置かれた状況や目的を考え、舞台上で生きているように行動することが重視されました。

スタニスラフスキーの考え方は、その後さまざまな形で整理・発展し、20世紀の俳優教育や演技論に大きな影響を与えます。

スタニスラフスキーの演技論に興味を持つにゃかきち

役の気持ちを考えるだけじゃなくて、その人物が何をしようとしているかも大事なんだニャ。

5-8 舞台美術も「現実」を考える

俳優の演技だけでなく、舞台美術も変わりました。

部屋の家具を置き、壁や窓を作り、生活している人物が使う物を舞台に置く。こうした具体的な環境が、俳優の行動を支えるようになります。

一方で、近代演劇が進むほど「本物そっくりなら正解」というわけでもありません。舞台美術家や演出家は、写実的な空間を使ったり、逆に大胆に省略したりしながら、作品に必要な空間を考えるようになります。

5-9 俳優の演技も変わる

劇場が大きくなり、舞台の形式が変われば、俳優の演技も変わります。そして近代演劇では、人物の内面や生活を感じさせる演技が重要な課題になりました。

大きな身振りだけで感情を伝えるのではなく、視線、呼吸、姿勢、間、相手との距離など、細かな身体の変化も意味を持つようになります。

ただし、演技には一つの正解があるわけではありません。写実的な演技もあれば、身体を大きく使う演技、様式化された演技もあります。

近代演劇の大きな変化は、「どう演じれば人物が生きて見えるのか」を、俳優自身が研究するようになったことにもあります。

スタニスラフスキーの演技論から近代演劇、日本の新劇への広がりを説明する図

5-10 日本では「新劇」が生まれる

日本でも明治から大正にかけて、西洋の近代演劇を学び、日本の舞台を新しくしようとする動きが生まれました。

坪内逍遥や小山内薫など、多くの人々が西洋の戯曲や演劇論を紹介し、歌舞伎などとは異なる新しい演劇を模索しました。後に「新劇」と呼ばれる流れにつながっていきます。

ここでも、海外の演劇をそのままコピーしたのではありません。日本の社会や俳優、劇場の状況に合わせながら、新しい演劇の形が試されました。

5-11 演劇は「再現」から「解釈」へ

近代演劇では、台本に書かれた物語をそのまま舞台に再現するだけではなく、作品をどう解釈するかが大きなテーマになります。

同じ戯曲でも、演出家によって舞台の見え方が変わる。俳優によって人物の見え方が変わる。舞台美術や照明によって、同じ場面の意味が変わる。

つまり、演劇は戯曲だけで完成するものではなく、上演によって新しい意味が生まれるという考え方が強くなっていきました。

近代演劇の変化を理解したにゃかきち

同じ台本でも、演出や俳優が変われば、別の舞台になるんだニャ。

やってみよう 同じ台詞を違って演じる

「帰ってきた」を3通りで

  1. 普通に「帰ってきた」と言う。
  2. とても疲れて帰ってきた人として言う。
  3. 何かを隠しながら帰ってきた人として言う。

同じ言葉でも、目的、身体、呼吸、相手との関係を変えると、人物の見え方が変わります。

同じ台詞を違って演じる練習をするにゃかきち

台詞が同じでも、目的や身体を変えると人物が変わって見えるんだニャ!

第5章まとめ

近代になると、都市の発展や社会の変化とともに、演劇も大きく変わりました。

日常生活や社会の問題を描く作品が増え、舞台では「現実らしさ」が意識されるようになります。同時に、演出家の役割が大きくなり、俳優も人物の生活や目的、行動を研究するようになりました。

スタニスラフスキーらの活動は、20世紀の演技論に大きな影響を与えました。日本でも新劇の動きが生まれ、海外の演劇を学びながら新しい舞台表現が試されました。

こうして演劇は、「台本に書かれた物語を見せるもの」から、「俳優・演出・舞台・観客が一緒になって作品を解釈するもの」へと、さらに広がっていきます。

次は、近代から現代へ

近代演劇では、リアリズムや演出、演技論が発展しました。次の章では、そこから生まれたさまざまな新しい演劇表現を見ていきます。

第6章 現代演劇への広がり 20世紀の新しい演劇、前衛、身体表現、演出の多様化へ