HATAKITI 演劇の教科書|演劇の歴史

第6章 現代演劇への広がり

近代演劇では、現実の生活や人間を舞台に表現する方法が発達しました。しかし20世紀になると、演劇は「現実をそのまま再現する」だけではなく、身体、光、音、空間、社会、観客との関係など、さまざまな方法で世界を表現するようになります。

はじめに

第5章では、近代演劇がリアリズムや演出、演技論を発展させていったことを見ました。

ところが20世紀になると、演劇をめぐる考え方はさらに広がります。

現代演劇について考えるにゃかきち

現実そっくりに作るだけじゃない演劇って、どんなものなんだニャ?

そこから、演劇は一つの形に決まらなくなっていきます。舞台そのものを変える人、俳優の身体を変える人、観客との関係を変える人など、さまざまな実験が始まります。

6-1 「現実そっくり」ではない舞台へ

近代演劇では、現実の生活を舞台に再現することが大きなテーマになりました。しかし20世紀になると、現実をそのまま写すのではなく、夢、感情、記憶、象徴、人間の内面などを舞台で表そうとする動きも生まれます。

舞台の形や色を大胆に変えたり、現実には存在しない空間を作ったりすることで、観客に別の世界を感じてもらう方法です。

ここでは、演劇を現実のコピーではなく、世界を解釈して見せる表現として考えることが重要になります。

現実を再現する舞台から象徴や心の世界を表現する舞台への変化を説明する図

6-2 俳優の身体をもっと自由にする

演技を考えるとき、台詞だけに注目する必要はありません。身体の形、動き、リズム、呼吸、声、ダンスなども、舞台上で意味を持ちます。

20世紀には、俳優の身体そのものを表現の中心に置く考え方が広がりました。人物を日常生活と同じように動かすのではなく、身体を大きく変形させたり、集団で動いたり、ダンスと演劇を組み合わせたりする方法です。

身体表現に興味を持つにゃかきち

しゃべるだけじゃなくて、身体そのものでも物語や気持ちを見せられるんだニャ。

6-3 ブレヒトと「考える観客」

ドイツの劇作家・演出家ベルトルト・ブレヒトは、観客を物語に完全に入り込ませるだけではなく、舞台を少し離れたところから見て、社会について考える演劇を提案しました。

たとえば俳優が観客に直接語りかけたり、舞台の仕組みを見せたり、場面の途中で歌や説明を入れたりすることで、観客に「これは演劇を見ている」という意識を持たせます。

目的は、感動をなくすことではありません。舞台を見ながら、なぜこうなっているのか、社会ではどうなのかと考える余地を作ることにあります。

ブレヒトの演劇と考える観客の関係を説明する図

6-4 演劇は「物語」だけではない

演劇といえば、台本に物語があり、それを俳優が演じるものだと考えがちです。しかし20世紀には、物語そのものを中心に置かない舞台表現も増えていきます。

言葉を減らし、身体、音、光、映像、舞台空間などを組み合わせる。あるいは、ほとんど何もない空間に俳優だけを置く。

こうした実験によって、演劇は「物語を伝える方法」から、その場で何かを体験させる表現へも広がっていきました。

6-5 アルトーと「身体の演劇」

フランスのアントナン・アルトーは、言葉中心の演劇に疑問を投げかけ、身体、音、光、空間などを強く使う演劇を考えました。

アルトーが「残酷」と呼んだ演劇は、単に暴力的な作品を作るという意味ではありません。観客の感覚を揺さぶり、普段とは違う強い体験を生み出す演劇を考えたのです。

この考え方は、後の身体表現や実験的な演劇を考えるうえでも重要な出発点の一つになりました。

6-6 「不条理演劇」が生まれる

第二次世界大戦後には、明確な目的や結末を持つ物語だけでは、人間の不安や世界の不確かさを表現しにくいと考える演劇も登場します。

サミュエル・ベケットやウジェーヌ・イヨネスコの作品では、会話がかみ合わなかったり、同じ行動が繰り返されたり、物語がはっきり解決しなかったりします。

これは、観客に答えを与えるためだけの演劇ではありません。解決しない状況そのものを見せることで、観客が意味を考える余地を作ることもできます。

通常の物語構造と不条理演劇の特徴を比較する図

6-7 劇場の外へ出る

演劇を行う場所も変化します。劇場の舞台だけではなく、街、公園、倉庫、廃墟、美術館、学校など、さまざまな場所が上演空間になります。

場所が変われば、観客との距離も、俳優の動きも、音の聞こえ方も変わります。つまり「どこで演じるか」そのものが、作品の一部になるのです。

劇場の外で行われる演劇に驚くにゃかきち

劇場じゃない場所でも、そこを舞台にできるんだニャ!

6-8 観客も「参加する」

さらに現代演劇では、観客を「見るだけの人」として考えない作品も生まれます。

観客が舞台の中を移動したり、いくつかの選択肢から行動を選んだり、俳優と直接関わったりする作品です。

観客が参加することで、同じ作品でも参加した人や、その場の状況によって体験が変わります。ここでは、観客も上演を成立させる存在だという考え方が、よりはっきりしてきます。

6-9 日本の現代演劇

日本でも、近代の新劇を出発点として、戦後にさまざまな演劇の動きが生まれました。大きな劇場を中心とする演劇だけでなく、小さな劇場や街の空間を使い、既存の演劇の形に問いを投げかける活動も広がります。

1960年代以降には、アングラ演劇や小劇場運動が活発になり、演劇と社会、身体、都市、観客との関係を問い直す作品が登場しました。

寺山修司は演劇実験室「天井棧敷」を主宰し、演劇だけでなく詩、映画など複数の表現を横断しながら活動しました。天井棧敷の公演には、既存の劇場の枠を越える発想や強い視覚性を持つ作品もあり、日本の前衛的な演劇を考えるうえで重要な存在です。

一方、浅利慶太は1953年に劇団四季を創設し、ストレートプレイからミュージカルまで幅広い作品を手がけました。劇団四季は継続的な公演と劇場運営を発展させ、後の日本のミュージカル文化にも大きな位置を占めるようになります。

寺山修司と浅利慶太は、活動の方向性も作品づくりの方法も大きく異なります。しかし、二人を並べて見ると、戦後日本の演劇が一つの方向だけではなく、実験性と継続的な興行の両方を含めて多様化していったことが分かります。

日本の新劇から戦後演劇、小劇場、アングラ、身体表現、現代の多様な演劇への流れを説明する図
日本の現代演劇について考えるにゃかきち

同じ日本の演劇でも、いろんな方向に広がっていったんだニャ。

6-10 演劇は一つの形ではなくなった

20世紀の演劇を見ていくと、リアリズムだけでなく、身体表現、社会について考える演劇、不条理、実験演劇、野外演劇、観客参加型の演劇など、さまざまな方向が生まれていることが分かります。

つまり現代演劇では、「演劇とはこういうもの」という一つの形に決めることが難しくなりました。

物語を見せてもいい。身体だけで表現してもいい。観客に考えてもらってもいい。劇場の外へ出てもいい。観客に参加してもらってもいい。

大切なのは、何を表現したいのか、そのためにどんな方法、どんな空間、どんな俳優と観客の関係を選ぶのかということです。

現代演劇がリアリズム、身体表現、社会、不条理、実験、野外、観客参加などへ多様化したことを示す図

やってみよう 同じ場面を3種類の演劇にする

「誰かを待つ」という場面

  1. リアリズム:本当に誰かを待っているように、生活の細かな動きを使う。
  2. 身体表現:言葉を使わず、身体の動きだけで待つ時間を表す。
  3. 不条理:同じ行動を繰り返し、なかなか相手が現れない状況を作る。

同じ出来事でも、表現方法を変えると、観客が受け取る意味や体験は変わります。

演劇の表現方法を試すにゃかきち

同じ場面でも、方法を変えるだけで全然違う演劇になるんだニャ!

第6章まとめ

20世紀の演劇では、近代演劇が発展させたリアリズムだけでなく、身体、社会、夢、象徴、音、光、空間などを使ったさまざまな表現が生まれました。

ブレヒトは観客に考える視点を与えようとし、アルトーは身体や感覚を重視する演劇を考え、不条理演劇では明確な物語や結末を持たない作品が登場しました。

日本でも、寺山修司のように既存の劇場や表現の枠を越えようとする活動と、浅利慶太・劇団四季のように継続的な公演と劇場文化を発展させる活動など、さまざまな方向が並行して発展しました。

こうして演劇は、一つの決まった形ではなく、作品の目的に応じて方法を選ぶ多様な表現になっていきます。

ここから、演劇を実際に学ぶ

演劇の歴史をたどると、演劇にはたくさんの方法があることが分かります。ここからは、その中でも俳優が実際に使う考え方や身体の技術を学んでいきましょう。

演技編 俳優はどうやって演じるのか 身体、声、感情、相手との関係、演技システムなど、実際の演技を学ぶ